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広島高等裁判所 昭和41年(う)99号 判決 1968年6月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

なお、仲買人が、委託者の承諾を得ずして委託証拠金充用証券を他に担保に差入れる行為が、業務上横領罪を構成するか否かについては論議のあるところであつて、事案によつてはその罪の成立を否定した裁判例もあるので、本件においても特に被告人の原判示行為が業務上横領罪を構成するものであるかどうかの点について付言する。

委託証拠金充用証券は、商品仲買人が商品市場における売買取引に関して生ずることあるべき債権を担保するために徴する委託証拠金の代用として委託者から預託を受けるものであつて、その預託当時においては被担保債権の発生およびその額は未だ確定していないし、その存続期間の定めがあるというものでもないから、充用証券の預託は根担保としての権利質の設定であると解することができる(当庁昭和四二年三月二七日判決、刑集二〇巻二号一二八頁参照)。そして、一般に質権については民法第三四八条において転質に関する規定が設けられ、その権利の範囲内において質物を自己の債務の担保に供することを許しているのであるから、質権者が質権設定者の承諾を得ないで質物を転質の目的としたからといつて横領罪の刑責を問われるものではない。しかし、転質権の設定であつても、それが原質権の範囲を超過したとき、すなわち、原質権の被担保債権額、存続期間等転質の内容、範囲、態様が質権設定者に不利な結果を生ずる場合には横領罪を構成するし(大審院大正一四年七月一四日刑事連合部決定、刑集四巻八号四八四頁参照)、形式的には原質権の範囲内の転質であつても転質に名をかりて質物を処分した場合とか、転質に供するのでなく質物であることを秘して新たな質権を設定した場合にも横領罪を構成する(前掲当庁判決参照)。ことに、委託証拠金充用証券は仲買人が商品取引に関し将来発生することのあるべき債権を担保するため預託されるもので、その債権の存否、数額等は取引関係終了の時まで不確定の状態にあり、取引終了時清算の結果委託に益金が発生した場合は預託を受けた充用証券は委託者の請求により直ちに返還しなければならず、また損金が生じても委託者がこれを弁済して債務を消滅させた場合は同様に返還すべき義務があり、委託者が、債務の弁済をしない場合初めて充用証券をもつてその弁済に充当するのが通常の取扱であり(関門商品取引所受託契約準則第一四条第二項)、このようにいつなんどき取引関係が終了し預託を受けた充用証券を委託者に返還しなければならなくなるかも知れないのであるから、充用証券に転質権を設定する場合は、転質権者に対しそれが充用証券であることを明らかにし、原質権消滅の際転質の目的たる充用証券を他の担保物件と差し替えるなどして委託者に対する充用証券の返還に支障なからしめ、もつて委託者に損害が生じないような方法を講じておくべきである。これを本件についてみるに、原審で取り調べた証拠および当審事実調の結果によれば、被告人は昭和三六年七月関門商品取引所仲買人福陽商事株式会社(同三七年二月昭和物産株式会社と商号を変更)に入社したものであるが、同会社は被告人の入社当時から業績がふるわずほとんど営業停止状態にあり、同三六年九月には農林大臣から同月二二日以降同年一二月二〇日まで商品市場における売買取引の受託停止処分を受け、翌三七年一月営業を再開し、同年五月下旬被告人が同会社の代表取締役社長に就任し経営の挽回をはかつたものの、社長就任当時の負債は三千万円に近く経営困難の状態を脱することができず、社長の給料、借入金の利息その他会社経営資金を調達するため、委託者から預託を受けた本件充用証券をほとんど即日又は数日以内に原判示各金融機関に担保として流用し資金の融通を得ていたものであつて、右担保供用当時、前記会社の経営が委託者から預託を受けた充用証券をいわば右から左に金融機関に担保として流用し営業資金の調達をはからなければならないほど窮迫した状態にあり、精算の結果委託者に充用証券を返還する必要が生じても、担保差入先の金融機関に債券を弁済し又は他の担保物件を差し替えるなどして充用証券を取り戻す資力もなく、また金融機関との間に原質権消滅の場合に備えて充用証券の返還をはかるなど委託者に損害が生じないような措置は全くこれを講じておらず、現に本件委託者の大多数は清算の結果益金が生じ、損金の生じた委託者も弁済により債務を消滅させ、いずれも取引終了後預託充用証券の返還を請求したけれども、被告人はこれに応ずることができず、被告人が金融機関に担保として差し入れた右充用証券は、委託者の債務が存在せず又は弁済により消滅したのにかかわらず、ついに金融機関により売却処分され、前記会社の債務に充当され、その結果委託者に損失を生ぜさせたことが認められ、被告人の担保差入行為は、右認定の態様からしても、民法で許容された転質の範疇に属するものとはいい難く、むしろ、原質権の制約を意に介せずその消滅に伴つて生ずる質物の回復返還の責任も考慮しないで、恰かも原質権を前提としない別個独立の新質権を設定したものとさえ認め得るのである。そうだとすれば、被告人は委託者から預託を受け業務上占有する他人の物である充用証券につき所有者でなければできないような新たな質権設定なる処分行為をしたことになるのであるから、業務上横領罪の成立を免れるものではない。(幸田輝治 浅野芳朗 畠山勝美)

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